Skellig
一人暮らしをしていた老人が亡くなった後、残されていた古い家に越してきたMichaelの家族。
ペンキを塗り替えて、壁紙を張り替えて、荒れた庭を手入れして、池や花壇を造って…
その家は、生まれてくる妹を迎えるために、新しく生まれ変わるはずだった。
でも、家がまだ何も変わらないうちに、早く生まれてきてしまった妹。
妹について回って離れない死の匂いは、まるで、古い、荒れた家のせいのようで…
そんな不安に満ちたある日、
荒れた庭にある、今にも潰れそうなガレージの奥で、Michaelは埃や虫の死骸にまみれた男を見つける。
動こうともせず、助けを拒否し、ただただ、死を待っているだけのような男。
その男の背中に触った時、Michaelは、肩甲骨の場所に、何かがあるのに気づく。
人の姿をして、背中に翼を持って…
一瞬、‘天使’と形容してしまいそうになるSkelligの姿。
でも、Skelligは、決して、無垢で清らかな存在ではない。
埃にまみれ、虫の死骸にまみれて蹲っていた、投げやりな姿、
中華やビールをおいしそうに飲み食いする俗物性、
虫や獣を食べる肉食獣の臭い、餌の獣を丸呑みするフクロウのような習性…
でも、そんなSkelligが命を取り戻していく姿は、確かに美しい。
フクロウが運ぶ餌を食べるシーンは、
下手をすれば嫌悪感が沸いてもおかしくない光景なのに、なぜか、とてつもなく美しい。
残酷で、優しくて、美しい。
感動、と言うのとはちょっと違う気がする。
清らかでも無垢でもない、残酷で強くて、しなやかな命の美しさが心に残る。
図説 イギリス手づくりの生活誌―伝統ある道具と暮らし
著者は自給自足の生活の第一人者、ということで、いわゆる現代的な消費文明とは異なり、生活そのものが身近な範囲で完結する時代を愛しており、その理想として、過去のイギリスの生活を取り上げています。
学者ではなく、参考文献や文学に根ざした引用はほとんどありません。この方が過ごした暮らし、実際の体験などから、道具類のひとつひとつのエピソードを書いていく手法は、時に筆者の方の個性(現代文明への嫌悪感)が目立ってしまいますが、わかりやすく、微笑ましいです。
煙突掃除の方法で、誰がショットガンを使うことを想像するでしょう? バターやチーズの作り方、当時の農村の暮らしで必要だった豚の飼い方、家の構成、台所にある調理器具……すべて、生活のにおいがします。
道具のイラストや生活に関する描写がとても多いので、そのひとつひとつが当時の生活をイメージする手助けをしてくれます。
『図説ヴィクトリア朝百科事典』よりも、「個人生活」に踏み込んだ内容です。どちらも合わせて読むと、当時どんな暮らしをしていたのか、その輪郭が強く浮き上がってくるでしょう。
The Remains of the Day (Vintage International)
すでに古典的存在となりつつあると思われる、ブッカー賞受賞の名作。イシグロの作品を一つ読むなら、絶対にこれをお勧めする。これ以上の完成度は、他の作品では残念ながら望めないと思われる。1930年代のイギリス。善意で行動を起こしていたのに、結果的には知らずに悪いものを助けてしまった貴族に仕えた執事の回想録。「自分ができる限りのことをして、自分より偉大なもののために仕えていると信じていたが、実際は自分のしたことはよかったのか?もしそうでなかったとすれば、自分の人生は無駄だったのか?」という問いが、全体を覆っている。感情を抑えた語り口が、かえって主人公のスティーブンスの思いを鮮やかに浮き上がらせているような氣がする。文章にもストーリー全体の流れにも無駄なところが全くない。小説はこうあるべきというそのままの小説。近年の書物にはなかなか見つけられない、dignityを感じさせる格調高い名作。何度も読みたくなる本だ。