まさかジープで来るとは
お笑いコンビ「ピース」のひとり、又吉直樹の著書がちょっと話題になっているというわずかな情報を耳にして、どんなものかと手にしてみたところ、せきしろという文筆家との共著だということ、そして彼らふたりの手になる標語のような短い文言が延々と連なっているということの、全く予想していなかった構成ぶりに少々面食らいました。
しかしやがて見えてきたのは、標語のような言葉が実は自由律の俳句だということ。
自由律俳句といえば種田山頭火と尾崎放哉です。
「分け入つても分け入つても青い山」の種田山頭火。
「いれものがない両手でうける」、「咳をしても一人」の尾崎放哉。
五七五という決まりに縛られないのびのびとした自在な句に初めて接した中学時代、何かに縛られない気ままな日本語音が若い私の胸にも心地よく響いたものです。
そんな伸びやかさを覚える又吉・せきしろ組の自由律俳句の特徴は、ある一定期間の生を日本人として、時には苦い思いとともに味わった経験のある読者の胸を衝くところにあります。
「スイカに対する感動が年々薄くなる」
「ハロウィンをなぜ楽しまないんだみたいな顔」
「富士山が見えたら起こせと言う」
「カップやきそばを食べながら弔電を送る」
「八割くらいポイントカードの厚み」
「爪楊枝の容器を倒して乱雑に戻す」
その多くが、日の本に生まれ育ったればこそ胃の腑に落ちる思いができるものです。
この国の風物や習わしなどを礎として築かれた国民通有の心理に、ものの見事にはまって来るのです。
そしてところどころに差し挟まれる著者二人の随想文がまた読ませます。
あの頃、人生はもっと颯爽と小粋に生きられると思っていたのに、実際に生きてみると不器用でままならないものだと思い知る。それでも生きることをあきらめないのは、どこかでそのままならなさも含めて人生を楽しむことのできる自分をほんの少しばかり愛せるようになったから。
そんな思いが深く刻まれた言葉が、「花火消えて笑い声だけ聞こえている」という句に続く又吉直樹の随筆の末尾にそっと置かれています。
「青春は取り返しがつかないほど恰好悪かったりするが、それだけではない。」(314頁)
調べてみたところ、これは『カキフライが無いなら来なかった』という同じ著者ふたりの共著本の続編にあたるということが判明しました。そこで一句。
続編から読んでしまった
掏摸(スリ)
スリ行為に快楽を感じる主人公と、人を思うように操ることに快楽を感じる木崎。 そんな悪漢を、どこか冷静に、詩的に描いている作品だと思いました。 主人公が自分の人生を客観的に捉えているあたりに独特のニヒリズムとナルシズムが見えるのだけど、格好よすぎる終わり方じゃないところがよかった。 緊迫した場面と、困難にぶつかった主人公が考える策なども読みどころですね。 この主人公を演じたい俳優さんがいっぱいいそうな作品だと思いました。
王国
これまでの中村文則は、自作の登場人物を通して、さまざまな形態の自己破壊衝動を追い続けてきた。
執拗かつ徹底的なその姿勢が、中村文則の小説世界を作り上げてきたと言っても過言ではない。
前作「掏摸」も、そのような「枠組み」の中で書き上げられた小説だった。
だが、本作「王国」は、連綿と続いてきた旧来の枠組みを打ち破る、これまでには見られなかった新しい力が小説内部から沸き起こって来ているような印象を受けた。
これまで一部の作品に見られたような、自己完結的な自己破壊はここにはない。
悪事を生業とする犯罪組織と関わり合いながらも、この小説の中での語り手「ユリカ」は、しぶとく生き延びようとする強靭な精神性を備えている。
そして彼女の視線は常に外へと向けられ、社会との連帯を求めている。
その「健全な」姿勢は本作品を締めくくる最後のセンテンスを見ても明らかだ。
この作品は、中村文則の小説世界の、ひとつの転換点を示したものであるかもしれない。
遮光 (新潮文庫)
すさまじい小説だった。『遮光』を中心に、初期の中村氏には本当に、逃げや甘えがない。何が何でも、選んだ主題を書ききろうという作者の捨て身の覚悟が、過剰で、ある意味突き抜けた感もある作品のムードと直列して読み手に伝わってくる。主人公は一般的な目で見て決して明るい人間ではなく、嘘ばかり吐いているが、その嘘には、自分なりの理論で、現実を押さえ込み、屈服させようとする、力強い心向きがある。他人と馴れ合って、するするとうまく世の中を渡っていく人間の話など、読んでいてもまったくつまらない。彼の奇行や嘘は「逃げ」ではなく、生きるための「戦略」だと思った。たまらなく哀切なストーリーだが、読者におもねった処理が一片もないこの作品に、私は強く打たれた。今、毎日が辛い人に薦めたい。主人公の、世界への異常な戦闘的態度に、活力がもらえるようなところもあると思う。
第2図書係補佐 (幻冬舎よしもと文庫)
もともと又吉さんのことは好きで、興味を持って買いましたが、期待以上の世界観にひきこまれました。
題名通り、前に出すぎることなく、それぞれの小説の内容に何らかの形で関係する自分の周りで起きたエピソードを語り、そのうえで小説を紹介するという形式で、自然と小説を読んでみたくなる気にさせるだけでなく、又吉さんの周りで起きたエピソードに共感したり、時には笑ってしまいます。
読んでいて飽きず、一気に最後まで読み進められました。
個人的には平成ノブシコブシの吉村さんのエピソードが大好きです。仲良さがうかがえて微笑ましいです。
これだけ本を読んでいるだけある、というか、さすがと思わせられる、又吉ワールドに、ぜひ足を踏み込んでもらえたらと思います。