なぜみなさんが「シックスセンス」を引き合いに出すのかと思っていたら、日本の予告編がそうだったのですね。私はそんな事なにも知らずに観たのですが、その映画とはまったく無縁の内容でした。感心したのは、息子サムの無邪気な姿を思い出してジュリアン・ムーアが泣きながら笑顔を見せた時です。過酷な状況と疎外感の中で見せた、彼女のこの表情こそ、この映画のテーマに思えます。子を持つ親として、私は彼女に同調しました。そしてそれはとても素晴らしい一瞬の演技でした。だからラストのシーンも違和感なく受け止めました。お話もおもしろかった。
うわーい!な真相!おすすめ度
★★★☆☆
14カ月前、最愛の息子サムを飛行機事故で失ったテリー・パレッタ(ジュリアン・ムーア)は、サムの死からまだ立ち直れずに、ビデオや写真や遺品など、サムの思い出に浸りながら生きていた。
そんなある日、家族3人で写っているはずの写真から、サムの姿が消えた。ビデオからも、アルバムからも、サムの痕跡がすべて消えていた!
夫のジム(アンソニー・エドワーズ)を問い詰めても、「息子なんかいなかった、写真も最初からそうだった」……?!
精神科の主治医に相談しても、「人は記憶を作ってしまうことがある」……。テリーの主治医のマンス役は、ゲイリー・シニーズ。どうもこの役者さんが演じていると、裏がありそうに感じてしまうのは、深読みし過ぎか?
テリーと同様に、最愛の娘を飛行機事故で失ったアッシュ(ドミニク・ウェスト)に出会うが、やはり「俺には娘はいなかった。知らない」と言われてしまう。
本当にいなかったのか? 私の妄想だったのか? そんなはずはない。周りの誰がなんと言おうと、私のサムは確かに存在していた。そう確信して真相を求めるテリーの闘いが始まる……!
ニューヨーク市警のポープ刑事(アルフレ・ウッダード)がいい味を出していて、もっと活躍して欲しかったなあ、と思う。
ちょっとしたことを忘れてしまうのは、誰にでもよくあることだろう。
記憶違いというか、自分では間違いなく確かにそうであったと思っていたことが、事実とは違っていたなんてことも、ない訳ではない。
人間の記憶とは結構いい加減なもので、『本当にあったこと』と『記憶』してしまえば、本当はなかったことでも、その人にとっては『本当にあったこと』になってしまう。
しかし、自分が産み、育て、愛した子どもの記憶はどうだろうか? そんな架空の記憶を創ってしまうものだろうか? あるいはそれを忘れてしまうものだろうか?
サムのことは、本当にテリーが創ってしまった記憶だったのか? あるいは誰かがその痕跡を消そうとしているのか? だったらいったい誰が何故?
もちろん、映画を観ればその真相はわかるし、私もそれが知りたくてこの映画を観ました。そして観て知った、まさに『ばびゅーん』とぶっ飛んでしまいそうなこの真相は、ワタクシテキには『あり』というか、『あってもいい』ぐらいのものでしたが、人によっては『あり得ない』ものでしょう。そこで評価が分かれそうです。
良い出来でした
おすすめ度 ★★★★★
まさに夢のコラボです
。これを知らずして新しい時代のエンターテイメントは語れません。
ご参考になれば幸いです。大変お勧めですよ!!
概要
飛行機事故で息子を亡くしたテリーは、悲しみから逃れられない。そんな彼女を夫や精神科医は見守るが、やがて不思議な現象が起こる。止めてあったはずの車がない。飲んでいたはずのコーヒーがない。そして人は「車はここになかった」「コーヒーを飲んでいなかった」と言うのだ。テリーは記憶を捏造していると。そして大切な家族3人の写真から息子だけが消え、息子を可愛がっていた友人も、夫も「息子などいなかった」と。一体何が起こったのか。
大切な息子を「存在しない人物」と言われても、決して信じないヒロインは、その真相を探るべく、奔走する。そしてたどり着いた真実は、人間の欲でも業の仕業ではなく、想像を絶する結末に。前半は謎めいた展開だが、真相に気づいた人物が次々とある現象に遭遇すると、ここから予想もつかないエンディングへと物語は急速にテンポアップしていくのである。謎解きミステリーを期待すると肩透かしだが、とんでもない現象に驚くこと必至。またタイトルがこの映画をヒトコトで言い表していることが最後でわかり、これまた驚き。ちょっと珍品の味わいもある仰天エンタテインメント作品だ。(斎藤 香)