原子力戦争 Lost Love [DVD]
まず言っておきます。
黒木和雄監督による77年製作の今作は、田原総一朗による原作の映画化となっていますが、基本的には飽くまで映画としてのオリジナルな物語となっています。
映画の初見時、既に原作を読んでいましたが、両者の差異の大きさに驚いた覚えがあります。
とは言え、今では、原作がどんなストーリーだったのか思い出せないのですが、小説としてのフィクショナルな部分に「原発」を巡る様々な人々の思惑とデータを網羅させたドキュメンタリー的部分が融合されたネオ社会派情報小説みたいな感じだったと記憶します。
映画の方は、真っ向から原発問題にフォーカスを当てたと言うより、「原発」を持つ町で起こる心中事件を契機に、巻き込まれ的にその背景にある事実を突き止めようとする者たちの前で、次々と関係者が不可解な死に至っていくサスペンスで、電力会社、組事務所、警察、漁業組合、新聞記者、学者らが私利私欲で蠢きあうお話で、「原発」を取り巻く影は、いかにもな数々の思惑と利権に溢れた胡散臭くどす黒いものとして描かれていました。
ただ、「原発」について批判めいた事はタブー視されていた時代だからこそ、その闇の深さが浮かび上がってくる怖さがありましたが、今観ると、やっぱり類型的と思えてしまうでしょうね。
ですから、原作通りの「原子力戦争」とのタイトルで映画をイメージされると検討違いの感覚に陥ってしまうので注意が必要。かと言って、映画のみの“Lost Love”とのサブ・タイトルも、取って付けたみたいで、なんかATG映画っぽくないですが(笑)。
森崎東の「生きてるうちが花なのよ 死んだらそれまでよ党宣言」(傑作!)と共に、今回の突然のリリースは、大震災以後の反原発の気運高まる現在ゆえにか、それとも原田芳雄追悼ゆえにか、恐らく、そのどちらのファクターもあるのでしょうが、何であれ、今までDVD化されていなかったATG映画のマイナー作が陽に当たる事は良い事だと思います。
最後に数奇な逸話をひとつ。
佐藤忠男著の「黒木和雄とその時代」によれば、黒木和雄は優れた映画人を輩出した岩波映画社出身ですが、かって東電の火力発電所の広報PR映画を撮った事への償いの意味を込め、同じく岩波映画出身の田原総一朗原作の今作を撮る事にしたそうです。撮影に当たり、ロケ先のターゲットに選んだのが福島第1原発と第2原発でした。それは、これらふたつの原発が過去に放射能漏れを起こしていたにも拘わらず、その事実は殆ど報道されず、闇に葬られていたからだそうです。で、実際、映画の舞台として撮影されたのが第1、第2原発近く。その情報を聞きつけた東電側は当然厳重な撮影拒否の姿勢を貫いたそうです。実際、本編中にも、主人公が原発の中に入ろうとして制止警告されるシーンをゲリラ的ライヴ映像で撮っていますが、あれは福島原発で撮っているんですね。
正に因果は巡る、です。
LiVE 原田芳雄写真集
原田芳雄さんのBirhday liveを切り取った写真集が、没後上梓された。
写真集の中で、芳雄さんが唄って踊って、あの野太くってそれでいてシャイで繊細な声で、ジョーク言ってるのが聞こえてきそうな、そんな本だ。
いい本だ。作った人の愛に満ちている。
それで思い立って、自宅で、カセットテープから『原田芳雄LIVE』(1982)(原盤は2枚組のLPでCD化されていない)をデジタルに変換して聴いている。
その中で、たとえば、
『春は嫌だねしんと寒いよ、誰かいるなら電話をくれよ・・』(『ブルースで死にな』)と芳雄さんは歌っている。
昨日は午前中は土砂降りの雨だった。
その大雨で、あんなにも咲き誇っていた桜は一瞬にして散ったという話だ。
本の最後に、原田家の桜の写真が写っている。
桜の横にはニットキャップをかぶった芳雄さんが座っている。
今年、その桜の横にはもう芳雄さんはいないんだと思った。それがリアル。
いろんなことがあってそれは過去になってゆく。でも過去に埋没させてはいけないこともたくさんある。
桜の花は来年も花を咲かせるだろう。芳雄さんがいなくっても、自分がこの世から消え去っても。
原田さんの音源がいろいろ復刻されて、例えばこの写真集を見ながら、バーボン傍らにして音楽聴いて、それらを肴に桜を愛でることができたら至福だと・・思わないかい?
大鹿村騒動記【DVD】
人生色々あるけれど・・全部ひっくるめて、幸せな人生というのは、この村の人達のこんな人生の事なのかも、と映画を見終ってほのぼの感じました。伝統ある歌舞伎を年に一度演じる村の人達のドタバタ人生劇と村の人達を演じる俳優さん方の“演じる楽しさ”が同時に伝わってきました。都会の華やかさ、経済の豊かさとは対極の、平凡な日々の中の、年に一度、晴れ舞台を楽しむ村の人達の暮らしの中に、心の豊かさ、幸せを感じました。